2-2

「遥さん、片山鋳造にようこそ!我らマーケティング室にようこそ!またみんなでマーケティングナイト、やりましょう!」

 

今日の幹事を務めてくれた奥山が歓迎会を締めた。店を出ると、地下鉄の駅に向かう源次郎、奥山、鮎川と、JRの駅に向かう岡田、遥との二手に分かれた。

 

橋を渡るとすぐに駅前広場が見えてくる。この場所は観光地から近いせいもあり、午後九時近くになっても、まだたくさんの人たちが行き交っている。

 

駅前広場から改札に向かって歩いていると、前方から人混みをかき分けて、長い髪を後ろで束ねた男が近づいてきた。

 

「岡田先輩!お疲れさまです!」

 

ミネラルウォーターを手にした山崎凌が目の前に立っていた。

 

「おー!凌!」

 

岡田と凌はうれしそうに笑い合った。二人が会うのは三か月ぶりだった。

 

凌は四年前まで片山鋳造の鋳造職人として働いていた。源次郎の現役時代の最後の弟子だ。退職してからはバンクスというロックバンドで、ボーカリストとして活動している。バンクスのすべての楽曲の作詞・作曲も凌が手がけている。

 

凌が十八歳で片山鋳造に入社した時、年齢の近い先輩社員を相談役として付ける、ブラザーシスター制度が導入された。その時、凌を担当したのが岡田だった。その後も二人の交流は続き、やがて本音で話し合える、友人のような関係になった。

 

凌は入社してから三年目に、音楽活動に本気で挑戦したいと、その想いを話してくれた。しばらくして凌は、希望を胸に片山鋳造を退職した。だが、バンクスの活動は思ったようにはうまく進まなかった。退職して四年。ほとんど前進できないまま、凌は二十五歳になっていた。

 

「先輩、これから路上ライブ、最終ステージなんで、よかったら久しぶりに聞いていってください」

 

二年前にこの街では、路上ライブやパフォーマンスを、事前の審査に通過した個人や団体に許可するアーティスト支援制度ができた。バンクスはその審査に通過した。事前の届けを出せば、駅前広場で一ステージ十五分以内、午後九時三十分までを条件に、一日最大三ステージの路上ライブが行える。

 

凌は遥に気づき、小さく会釈をする。

 

「彼女は片山鋳造のインターンシップに参加してくれている遥さん」

 

岡田が紹介すると、遥は凌に会釈を返す。

 

「はじめまして。遥さんもお時間があればぜひ、聴いていってください!」凌の言葉に、遥は窺うような表情で岡田を見た。

 

「遥さんがよければぜひ。彼らの音楽、すごくいいですよ」

 

「はい!ぜひ聴かせてください!」

 

遥はうれしそうな顔で、凌と岡田を交互に見ながらこたえた。

 

 

凌は観客側に背を向けたまま、ギターのストラップを肩にかけた。十人ほどの人が足を止めてバンクスを遠巻きに見ている。

 

ドラムスのタクヤ、ベースのユウキ、ギターのシュンは、同じようなポーズで俯いてスタンバイしている。観客に背中を向けたまま、右手をゆっくりと頭上に持ち上げ、その手を弦に向かって振り下ろす。同時にギターのネックをつかんだまま左手を夜空に突き上げた。凌のギターが鳴る。タクヤがハイハットでリズムを刻み始めるのと同時に、凌は振り向き、ギターを奏でながら歌い始める。透明感のある、澄んだ独特の声だ。一瞬、凌の歌とギターがブレイクして、次の瞬間、すべての楽器が演奏に加わる。バスドラムとベースの重低音が体に届く。

 

バンクスの楽曲はどれも繊細でメロディアスだ。一方で歌詞は挫折と再生をテーマにした、感情を揺さぶられるものだった。焦燥感、羞恥心、孤独感、希望、絶望、そんなことを、誰かに話しかけるような歌詞に乗せて、赤裸々に歌う。

 

凌が退職する前に、岡田はこの曲を聴かせてもらった。音楽のことは全然分からなかったけれど、これは誰かに届けるべき歌だとその時に思った。

 

歌はエンディングに入る。すべての演奏が再びブレイクして、凌の奏でるアコースティックギターの音だけが残る。凌は静かに、優しく、最後のフレーズを歌う。シンバルのミュートとバスドラムの音で演奏は終わった。

 

「ありがとうございます。バンクスです」

 

凌は三曲を歌い終わると、ギターをスタンドに戻して、二人に駆け寄ってきた。

 

「何回聞いても、いい曲だよな」岡田が凌に言う。

 

「最初に演奏したのは、『君に会いに』というタイトルの曲です」凌が遥に説明する。

 

「まるで自分のことを歌ってくれているようで感動しました」遥が言う。

 

「えー!それはマジにうれしい。ありがとうございます。そうだ……ちょっと待っててくださいね!」

 

凌はメンバーに駆け寄り、何かを受け取り、また駆け足で戻ってきた。

 

「三曲入りのCDです。『君に会いに』も。よかったら聞いてください!」

 

「これどうしたの?」

 

「バンクスの最後の賭けです。メンバーと話し合って、みんなのお金を全部注ぎ込んで、思い切って一万枚をプレスしました。このCDを無料で配りまくって、それでだめなら……」

 

凌は自らに言い聞かせるように、小さく何度か頷いてから笑顔で続けた。

 

「バンクスは解散しようと思います」

 

「えっ?」それ以上に言葉を繋ぐことができなかった。

 

「じゃあ、俺もちょっと配ってきますね」

 

バンクスのメンバーは、歩いている人にCDを配っている。興味がなさそうにCDを受け取ったサラリーマンは、歩きながら何度かCDの表裏を確認した後、ゴミ箱に投げ捨てた。プラスチックが割れる不快な音が聞こえてきた。

 

【この後の展開】
倒産をなんとか回避した片山鋳造、解散寸前の売れないロックバンド、廃業を覚悟した中古車販売会社、顧客が集まらないイタリアンレストラン。売れない世界の中であえいでいた人たちは、遥との出会いを通して、どのような「気づき」をえて、お客さまから選ばれ続ける「仕組み」を手にすることができたのか?そして、レノン・コンサルティングの正体は?遥は何のために片山鋳造にやってきたのか?続きはぜひ書籍を購入してお読みください。